数か月間の期間限定で勤務していた仕事が終了となりました。
これまでの会社生活で、最も仕事らしい仕事をしなかった期間だったと思います。
仕事をしなかったというよりも、することがなかったのです。
何かお手伝いできることはありませんか?
毎日毎日、「何かお手伝いできることはありますか?」と聞いて、「特にない」と言われていました。
仕方ないので、自分なりに仕事を探します。
最初のうちは、会社や部署、プロジェクト内容についての勉強をずっとして、それにも限度があり、ファイル整理や、書類整理を始めました。
そして、期間終了が近づいてくると、他の人たちは次のプロジェクトに向けてのミーティングなどが増えて、現在のプロジェクトは、ほぼ終了となっていた様子。
ファイリングもし尽くした感があり、本当に何にもすることがなくなりました。
こんなことで良いのだろうか?と思いながら、誰にも何も言われることはなく、もちろん怒られることもない。
指揮命令者に「毎日、前を向いて座っているだけで良いのだろうか?」と相談しても、「それで良い」との返事。
それが、3か月間続きました。
すっごく、耐えたと思います。
何のためにこの会社にきているのだろう?と思い、「役立たず」という言葉が浮かぶのです。
でも、その度に「そんなことはない!」と打ち消しながら、終業を待つ時間。
そんな状態でお給料をもらえるのはありがたいけれど、自分の中での自己価値を下げないように必死でした。
フリーアドレス制なので、誰がどこに座っているか分からず、プロジェクトのメンバーもバラバラ。
だから、勤務中に買い物に出かけたとしても、多分、誰も気がつかなかったと思います。
気づかなくても価値を認められていたらしい
座っていても仕方ないので、社内をウロウロする日々が続き、ようやく最終日。
最終日も相変わらず何もなく、開始1時間後には、資料を溶解ボックスに入れ、貸与されてたものはPCを除いて、全て返却。
あとは、時間が過ぎるのを待つのみ。
終了30分前から、プロジェクトのメンバーひとりひとりに挨拶に行ったところ、みんな口々に
「来てくれてありがとう。本当に助かった。
もし一枝さんが来てくれなかったら、このプロジェクトがこんなにスムーズに進むことはなかった。本当に助かった」
って何度も言われたのです。
私は何もしていなくて罪悪感しかなかったのに、他の人にとっては価値のある存在として認められていたのです。
簡単なチェックや入力。
資料を順番通りに並べるだけの書類整理など、自分では大したことはなくて、むしろ「当たり前」と思っていて、しかも、あっという間に終わってしまうことだったのですが、それに価値を置いてくれていた人がいた。
あまりにも意外な反応で驚き、泣きそうになりました。
簡単で何の苦労もないようなファイリングやチェック。
PDFに変換したり、まとめたり…。
あっという間に終わってしまうし、何の役に立っていない自分。
それは、私の勝手な判断だったのです。
ただ、前を向いて座っている辛い時間。
役立たずなのにお給料をもらう申し訳なさ。
モヤモヤが解消された気がしました。
ここで働けて良かった。
無駄なことは何もない。
そう感じられました。
以前なら、「役にたっていない」と勝手な判断で途中で辞めていたかも知れません。
でも、自分の価値観とリンクさせて、耐えることができたのです。
本当に感謝で終われてよかったです。
あなたが、もし、自分のことを役に立っていないと思っていたとしても、他の人にとっては価値のある存在であるのです。
誰でも存在しているだけで価値があるのです。
最後までお読みくださいましてありがとうございます。
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