このところ、ますますアニメに夢中になっています。
「るろうに剣心 星霜編」を観てから、心がチクチクザワザワ痛み、何も手につかなく落ち着かなくなりました。
何が心に刺さったのか考えてみました。
それは「愛」でした。
愛と感謝を忘れていないけれど忘れていた
愛だけが全て。
その他は幻想。
そう信じて解っていたつもりでした。
でも、忘れていました。それは、解っていなかったのです。
それでも、信じているし、忘れていません。
…って、一体、どっちなんだ?って感じですね。
「支援と試練の両方を受け入れて、バランスの取れた愛に気がついた時に、愛と感謝の心がうまれる。
全てのことは、宇宙からの愛の贈り物」だと、頭で分かっていたんです。
そして、ディマティーニ・メソッドⓇを体験し、自身もファシリテートする中でも知っていたはずなのに、解っていなかったんです。
なぜなら、現実の辛さや理不尽な思い、そこから派生する恐怖が大きくて、それが、愛の一部であるという事よりも、苦しみしか感じられなかったんです。
そして、何とかしなければと思うばかりで、肝心の愛と感謝を後回しにして、今の苦しさから抜け出す方法ばかり、頭で巡らせていたのです。
感謝の心なしに、頭でごちゃごちゃ考えたところで、雑念ばかりで、直観がわくはずがありません。
それを、るろうに剣心を観て、愛の心を持っていない・与えていない自分を振り返ったのです。
向けられていた愛に気がつき感謝したことでプラスに動き出した
自分を大切にしようと決意したら、いつの間にか、愛を与えることを、なおざりにしていたのです。
そこで、私の周りの人や物を改めて振り返り、いろんなものを与えられていること、たくさんの愛情を与えられてきたことに「ありがとう」と心から思ったのです。
その途端、今までは空回りしていたような状態だった仕事や人間関係に動きが起こったのです。
全てが優しく、そして、自分自身の行動も変わってきました。
今まで苦手だと思っていたことが楽しくできるようになり、もしかしたら、今まで気がつかなかっただけで、これは私に向いていたことではないか?とすら思えてきたのです。
そして、人間関係も上手く回ってきました。
上手く回るという言い方は少し違うのかも知れないのですが、私自身の心がスッキリするお付き合いが出来るようになったと言った感じです。
試練ばかりに気が向きがちだけれど、その裏には、必ず支援や「愛」が隠れている。
試練と支援が同時に与えられていることに気がつき、それを受け入れた時に、愛と感謝がうまれる。
物事は全てニュートラル。
改めて「愛と感謝」の素晴らしさに驚愕したのです。
テイカーに近づいていてはいけない
「るろうに剣心 星霜編」ですが、強くカッコいい剣心が心に焼き付いている人には、とても受け入れがたい内容だと思います。
でも、私には、人間っぽくて納得でした。
そして、
「愛を与えただけ自分にもそれ以上に与えられる」
「最終的に帰る場所は愛する人のところ」
「愛のあるところが自分の居場所」
など、全面的に「愛」を感じたのです。
私が失いかけていたことを見せつけられました。
与えずに受け取ることは出来ない。
欲しい欲しいと願っているだけでは何も与えられることはない。
テイカーにだけはならないようにと思っていたはずなのに、限りなくテイカーに近づいていた気がします。
気がつくことができて良かったです。
アニメはいつも私を救ってくれます。
改めて感謝です。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
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